高尾の2つ前、京王線めじろ台駅。半年ぶりだ。
息が白い。都心の気温より5℃低い。
ここに降りた時から、それは始まっている。
実家まで徒歩5分。その5分で時間がどんどん、さかのぼる。
僕のために、少し大き目に造られた玄関の扉を開ける。
「あらお帰り。お茶淹れてあげるから、炬燵で暖まりなさい。」
毎日ここに住んでいるかのようだ。
あれから20年。ここでは僕は、息子のままだ。
数年前から指定席が「上席」、テレビの正面に変わった。
立ったり座ったりが億劫になったのだろう。
親父があまり座らなくなった。
席が良くなって、少し寂しくなることもあるのか。
そしてお袋は買い物に、親父は散歩に出かけた。
木製の大きな置時計。針の音が今日は大きく聞こえる。
冬の光が縁側の鉢植えを、優しく照らしている。
いま一人お茶の時間。ここで起きた「事件」が蘇る。
16年前の大晦日。
妹が作ったデザートの杏仁豆腐。
慣れないキッチンで砂糖と塩を間違えたらしい。前代未聞の味。
その衝撃の余韻が冷めやらぬ時だった。
「この人と結婚したい」
突然、彼女が1枚の写真を出してきた。
僕より5歳年上、192cm。青い目の大きな「弟」候補。
先週初めて会ったばかりだと言う。
家族は皆、そこからあの日の紅白の記憶がない。
自称六段の弟と、『兄弟3番勝負』。
正月の恒例行事だった。そして5級の親父が毎度の台詞。
「そんなところに打つのか。
お前たちはまだ何も分かってないな。」
「ほんとそうだねー。」
僕ら2人は盤面から目を逸らさない。
高段者は手抜きの技を知っている。
この光景、弟に娘が出来てここ数年はおあずけ。
少し残念だ。
就職、転職、結婚、起業、離婚・・。
僕の全てを見てきた、唯一の場所。
時間が戻った気になる、一番の場所。
ところで、夏のお気に入りの場所はどこなんですか?
そうか。その手があったかー。
それは夏にまた話しましょう。