石音インストラクターブログ

2016/03/09

囲碁, 長谷俊インストラクター

長谷インのグローバル囲碁旅行記 ~台湾編その7~

皆さんこんにちは。
“プラシーボ効果”絶大の長谷インです。

正露丸を飲んだ途端に腹痛が治まったとか、栄養ドリンク飲んだら体が軽くなったとか、
とかく影響を受けやすい脳ミソです。疑って効果がないより、信じて効くほうが良いですからね。
そんなわけで、そろそろ気功の勉強でもしてヒグマを倒しに行こうかという今日この頃です。

〜前回までのあらすじ〜

旅行先で何時間も翻訳作業に明け暮れる長谷イン。
「いざ出陣!」するも案の定、また迷子になる羽目に。
すんでのところで吉野屋に命を救われ再度、海峰棋院を目指し前へ。
はたして長谷インはたった一人で囲碁取材をやりきることができるのだろうか。
そしてこの旅行記はいつになったら完結することができるのだろうか!?

台湾編その7 「いよいよ囲碁取材へ」

吉野屋を後にした長谷インの体力ゲージはフル充填されていた。
そして目的地「海峰棋院」へ無事に着くことができた。
(いよいよ着いてしまったか・・・。)

実際に着くとすごく緊張しますよ。
もしかしたら潜在的に行くのが嫌で迷子になっていたのでは、というくらいに。
皆さんには申し訳ありませんが、ここから割と普通なので淡々と短くまとめていきます。

ポーン。(エレベーターの音)
ビルの6階、右手に見えるガラス戸の向こうに受付がある。

長谷イン(・・・くっ、予想外のガラス張り。こちらの動きが丸見えだ。)

受付の人「・・・・・・?」
ササッ。(死角に隠れる)

5分後。

心の声(どうする・・・。どういうテンションで行けばいい?)
心の声(ええい、もうここまで来たら!)
スタスタスタ。(扉の前まで歩み寄る)
ガラス戸「・・・・・・。」

長谷イン(しまったぁあ!オートロックだぁあ!!)
そう、オートロックでした。
その瞬間すべてを悟りました、“終わった”と。

“グローバル囲碁旅行記〜台湾囲碁取材編〜 完。”

長谷イン「くっ・・・。ここまでか。」
トットットッ。(女の子が駆け寄る)
ウィーン。(ガラス戸が開く)
長谷イン「うっ、これは・・・。」

まさかのアシストで中に入ることができました。
最後の勇気を振り絞って受付の女性に声をかけます。

「に・・・你好。」(小声)

そして挨拶文を手渡します。
受付の方は何やら困った様子で奥のほうへ。

「後はもうどうにでも、なるようになれ。」ってな気分ですよ。(ハタ迷惑)

もちろん門前払いされてもしょうがないですし、そのほうが気が楽です。
入り口付近には3人くらい子供がいましたが、お昼時なこともあって中から
わらわら集まってきました。

長谷イン(くっ・・・。子供たちに囲まれてしまった。)
    (何だその物珍しそうな目は・・・。)
    (はっ、よく考えたらこの子達全員院生じゃないのか。)

そうです。棋院に行って子供がいたらそりゃ院生ですよ。
戦闘力(棋力)でいったら長谷インをはるかに凌駕する実力のはずです。

そんな不思議そうな目で見られても・・・。
そもそも不審な人物(日本人)が突然訪ねてきたら、そういうリアクションに
なるのかもしれません。

当の長谷インは挨拶文を持って、ただただ棒立ち状態です。
まさに針の筵、オオカミに囲まれた赤ずきんちゃんの気分です。

ちなみに子供たちと言っても、おそらく中高生くらいの年代です。
台湾の子たちは見た目が特に若いですね。
思い切って声をかければ良かったのですが、そんな余裕はありませんでした。

そうこうしているうちに、裏では職員の方達がバタバタしていました。
改めて挨拶文をマジマジ見られているのが、今思うと死ぬほど恥ずかしいです。

結局「そこでちょっと待ってて」という感じだったので、しばらく待機していました。
程なくすると、何と日本語を話せる方が現れました。
ご多忙の中、イレギュラーな旅行者のためにわざわざ来てくれたみたいです。
日本語の習得率は7割程度といったところでしょうか。
細かい単語は分からなくても日常会話に支障のないレベルです。

今まで「あ、あう。うう。」とかどこのオオカミ少女だよ、って感じの長谷インでした。
しかし、この旅行で初めてまともに会話できる機会に恵まれました。
もうね、物凄く親切にいろいろと案内してくれたり、質問に答えてくれました。
奥にいるお昼休みの子供たちを紹介してくれて、一局打つ機会も設けていただきました。

長谷イン「・・・・・・?」
長谷イン「あの、この子達は院生ですか?」
楊さん「この子たちは学習生と言って、台湾棋院の院生とはまた違います。」
長谷イン(あれ、この子たちどう見ても小学生だよな。)
長谷イン「向こうの部屋の若い子たちは今何をやっているんですか?」
楊さん「今日は台湾ナショナルチームの集まりです。皆プロ棋士です。」
長谷イン「!!!!!!」

そうなんですよ。最初にわらわら集まってきた子たちは全員がプロ棋士だったのです。

長谷イン「今日は大人の棋士の方はいませんか?」
楊さん「うーん、今日はナショナルチームの集まりだから、若い子たちだけです。」
要するに向こうじゃ10代の子たちが世界で活躍する精鋭ということです。
大人じゃ通用しないでしょ、くらいの感じでしたからね。

楊さん「こちらがナショナルチームの監督、周俊勲です。」
長谷イン「あ、あ、どうも。你好。」(小声)

皆さんは周俊勲をご存知でしょうか?
世界タイトルを取ったこともある台湾のプロ棋士です。
台湾の囲碁ファンなら知っていて当然の存在です。
しかし自分が微動だにせず固まっていたので、楊さんが顔のことなど慌てて
説明してくれました。(※)
※周俊勲の顔には特徴的な痣がある。

いや、ちゃんと知ってましたよ。
知ってましたが、海外のプロ棋士はやはり顔よりも名前で覚えていることが多いです。
顔を見たときに「あっ、この方は・・・。」と思いましたが、名前を聞いてやっと
世界チャンピオンだと分かりました。
(実際に著名な方を前にすると、ミーハーなリアクションを取れないものです。)

プロ棋士が集まって打っているところの見学はさすがに遠慮しました。
後は施設を一通り説明してもらって、奥の部屋でいろいろとお話を伺いました。
以下箇条書きにします。

・海峰棋院は財団法人で国内でのプロ棋戦を運営している。
・台湾主催の国際戦は、台湾棋院が取り仕切っている。
・各棋戦の優勝賞金は次の通り。
 棋王戦100万元(400万円)、天元戦80万元(320万)、
 王座戦40万元(160万)、海峰杯60万元(240万)
・5、60代の棋士もいる。
・海峰棋院では「学習生」というプロの卵がいる。(台湾棋院の院生とは別)
・台湾棋院がプロの免状を発行しており、海峰棋院には権限がない。
・院生は半年ごとに入れ替わり、18歳まで在籍できる。
・院生のプロ制限年齢は18歳まで、社会人は21〜2歳
・学習生は週5日海峰棋院に通っており、昼間は囲碁を打って夜に勉強している。
・学習生の制度は一昨年立ち上がったばかりでまだ2年目。
・院生は土日台湾棋院に通う。
・学習生+院生は合わせて週7日、棋院に通う。
・学習生は義務教育課程でも学校に通わない。
・棋院が学力をチェックして学校に申請すれば卒業証書がもらえる。
・この制度は囲碁に限ったものではなく、ほかの専門分野でも認められている。
・台湾では中学、高校に囲碁のクラスがある。一般的な勉強も行われている。
・60人規模の囲碁クラスがある高校もある。
・台湾は少子化で一時期よりも囲碁人口が下降気味である。

皆さんどうでしょうか。
びっくりしますよね、タイトル戦の優勝賞金が日本の10分の1ですよ。
自分が台湾に行った限りでは、物価は日本とそう変わりません。

やはりトーナメントプロ一本で生活するのは厳しいと仰ってました。
それからプロ組織は台湾棋院と海峰棋院の二つですが、台湾棋院のほうが何かと
権限が強いようです。プロの段位免状の発行から国際棋戦の開催まで、要するに
台湾棋院が日本棋院に匹敵する役割です。

あとは「学習生」です。
台湾棋院の院生とは別に海峰棋院でプロを目指している子たちですが、プロを目指すため
院生にもなります。何せ、台湾棋院がプロの免状を発行しているわけですから。
週7日、毎日棋院に通っているみたいです。(学習生5日、院生2日)

学習生の事情を知り、“不遇でも、必死に頑張っているな”と思いました。
だってプロになっても生活が苦しいのに、その上プロになるのも狭き門です。
義務教育そっちのけで囲碁ばかり打って、落ちた子はどうするんだよって話ですよ。
(それでも、昼休みにゲーム機で遊んでる姿はまさしくただの小学生でした。)

そして、向こうの囲碁界の事情は日本とあまり変わらないのにも驚きました。
一つ目は「少子化」です。
単純に子供の数が減ったのと、ほかの人気競技に比べて囲碁に憧れる子はいないと。
囲碁が流行ったのは14年前の「棋霊王」(ヒカルの碁)の頃で、そのときから囲碁人口は
下降線を辿っているとのことです。

「それって日本と同じじゃん!」

台湾でもヒカルの碁が流行って、ブームが去るとどんどん廃れていったようです。
まあ、なかなか「囲碁打つ人カッコいい、素敵!」とはなりませんからね。
しかも2日目に行った棋聖模範棋院(碁会所)は場末の雀荘のようでしたから。

二つ目は「人気の女性棋士」がいるということです。
プロ棋戦のトーナメント表を見せてもらい、そのとき女性で準々決勝まで勝ち上がっている
棋士がいました。

楊さん「黒嘉嘉(ヘイ、ジャアジャア)って知ってるでしょ?」
すいません、知りませんでした。その方は日本でいうと吉原由香里プロに当たります。
美人で実力もある人気棋士です。

台湾の棋院を訪ねるくらいなら、当然知ってるでしょ?ってレベルですが、
まったく予備知識がありませんでした。帰って検索したら、なるほど可愛いですね。
やはり容姿に実力が伴うと、人気が出るのはどこも同じですね。

今後、院生(学習生)の子たちが毎日勉強し続ければ、日本のみならず、あるいは中韓に
追いつくのではないか。そんなことを聞いたら、
楊さん「いやいや、国際戦ではまだ全然ダメだから。」だそうです。
そもそも運営するのに資金が足りないような話をしていたので、現実は厳しいなと
痛感しました。

そんなこんなで、お昼休みの学習生の子と対戦することになりました。
楊さんは多忙のため出掛けてしまいましたが、碁盤を挟めば日本も台湾も関係ありません。
言葉が通じなくても、石で会話をするまでです。
楊さんには、最初の手合いと時間設定だけお願いしました。

長谷イン「日本ではアマ六段で打っています。」
楊さん「この子がアマ七段くらいかな。」
ということで、秒読み20秒3回、互先での対局です。

アマ六段なのに、こちらが握ろうとしたらその子はキョトンとしていましたね。
細かいやり取りはできないので、目の前にあった白石を握って始めました。
内容は学習生の子がだいぶ粗削りな打ち方でした。
序盤早々、明らかにやりすぎな疑問手を打ってきたので相応に咎めます。
こちらが優勢になったのも束の間、時間に追われてヨミを微妙に間違えてしまいました。

長谷イン「くっ・・・。30秒あれば・・・。」
結局こちらがモタモタしているうちに、潰しきれずに形勢逆転して負けました。
驚いたのは検討のときです。
少年A「ここ、おかしい。」
片言の日本語で先ほどの疑問手の場面を指摘します。
長谷イン「うんうん。」
喋れないので、とりあえず頷くリアクション。
少年A,B,C「ここをこうしたらこうだし、こうなんじゃない。」
おお、さっき自分が読み切れなかったところをスラスラと解いていきます。
対局した子も負けじと「じゃあ、こうしたらこうでこう打つ。」
ああ、見ていると力の差がはっきり分かります。
長谷インが30秒欲しかったところを、3秒くらいでスラスラ解いてその先を考えている
のです。それに粗削りなのは大局観で、部分的な折衝は死ぬほど粘り強く読んでいます。

これが「台湾のプロの卵かぁ」と感動しました。
それと同時に「日本のほうがレベルが高い」というのも実感しました。
おそらく皆、東京都代表、神奈川県代表レベルくらいはあります。

でも、検討の内容が自分にとってちょうど良かったんですね。
自分より2〜3子くらい上手で、程よい解説(理解できる範囲)だったということです。
4子以上の差なら多分言っていることが理解できないでしょうから。
(もちろん言葉は通じず、全部盤上の会話です。)

棋力とは関係なくすごいなと思ったのは、こちらの緩着をまったく指摘しないところです。
形勢有利の場面から何度もこちらにチャンスがあったという図を作りつつも、基本的には
相手の子のミスを議題にしていて、こちらのミスについては言及していませんでした。
うーん、人間的にも2〜3子上手だったか。(長谷インよりも)

取材の一環で施設の写真を撮らせてもらいましたが、パシャパシャ撮りまくるのも
失礼なので3枚くらいにしておきました。
もうちょっとコミュニケーション撮れたら、皆さんと一緒に写真を撮ったのになぁ。
帰り際、もう楊さんがいないので、受付の女性に挨拶をしました。
当然、まったく喋れないのでオフラインでの翻訳で簡単に

「今日は見学できて良かったです。ありがとうございました。」

と携帯を見せたらちゃんと伝わりました。
やはり意志疎通は人間にとって一番大切なことです。

お礼を伝えて海峰棋院を後にした長谷イン。
初めてゲストハウス以外でまともにお話することができたので、テンションはすこぶる
快調です。精神力全回復!次に目指すは昨日撤退を余儀なくされた「台湾棋院」。

台湾旅行3日目、長谷インの戦いは終わらない。

(つづく)

 

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