石音インストラクターブログ

2016/03/26

囲碁, 長谷俊インストラクター

長谷インのグローバル囲碁旅行記~台湾編その9~

皆さんこんにちは。
最近、独学で気について学んでいる長谷インです。

アルファ碁が囲碁の未知を解明するのなら、別のアプローチで囲碁の可能性を広げようじゃないかと思う次第です。コンピューターに理論で対抗しても仕方ないですから、第六感を引き出して囲碁の感覚的な視野をさらに広げていきたいと思っています。
(本音はヒグマと戦う準備です。)

〜前回のあらすじ〜
勝負の3日目をようやく乗り越えることができた長谷イン。
予定では3日目までにサクサクっと取材を終わらせて、4日目からは観光するつもり
でした。今回の取材目的には「とある場所」も含まれているので、まだまだ囲碁取材
には時間が掛かりそうです。

台湾編その9「切腹できない侍」

4日目の朝を迎えました。
台湾に来てこれまで、一度として清々しい朝を迎えたことはありません。
前の晩はひたすら翻訳作業に明け暮れていました。
というのも、囲碁取材は個人的にはもうお腹いっぱいなんですね。
何のためかというと、昨日の名人児童棋院へのお礼文をしたためていたわけです。

もちろん海峰棋院にもお世話になりましたが、女の子が可愛かった、もとい皆さんに
すごく良くしてもらいましたから。
(この日は木曜日で、海峰棋院での手合い日だったこともあります。)
とにかくお礼だけはしておこう、そんな気持ちでいっぱいでした。

で、恒例の翻訳タイムですよ。
おそらく7、8時間はかかっていたと思います。
旅行先でそんなことしているアホは前代未聞です。

しかしこういうことは前もって準備できないわけで、端からスマートに旅行しようとも思っていません。

過密スケジュールで観光スポットを巡り、各地の名産を食べて回る。

そんなことより、そのとき必要なことを熱心に取り組むほうが性に合っています。
(ある意味、過密になっていますが。)

今回は今までとは違い、翻訳には特別な工夫がしてあります。

ふふふ、何だと思いますか?

なんと繁体字、日本語、英語の三か国語でお礼文を作りました。
いやー、我ながらナイスアイディアですよ。

昨日お話して思ったのは、翻訳機がそれほど役に立たないことです。
つまり正確にこちらの意図を伝えるのは難しいと言わざるを得ません。
ならば、3つのアプローチでこちらの想いを伝えるほかありません。

謝さんと大学生の女の子は日本語が分かりますし、英語は日本よりも台湾のほうが
習得率も高く流暢に話しています。そして簡単な文章にまとめてしまえば、
こちらの気持ちがストレートに伝わるはずです。

分かりやすい文章とそれぞれの整合性を求めた挙句が、7、8時間の対価
だったわけです。まあ、すこぶる寝不足ですが、やり切った感はありますね。
あとはノートにちゃんと清書すれば完璧です。
(このあとノートを買うため文房具店を探すのにまた一苦労)

ただ今回の囲碁取材の目的はまだ完遂していません。
この機に台湾の囲碁教室のとある秘密を調べてくるように密命を受けています。
それは「対局をさせずに囲碁を教えるという取組み」への取材です。

それをビジネスにしていく動きがあり、すでに中国棋院が権利を買い取っている
という噂です。

“そんな大事な情報を聞き出せるわけないでしょ”と思ってましたが、
密命を受けたので渋々調べに行きました。

事前の席亭からの台湾プチ情報では、「応昌期基金」(財団法人応昌期囲棋教育基金会)
にその秘密があるらしいのです。

さっそく未知の指導法を取材に「応昌期基金」へ!

って、長谷インともあろうアホが簡単に目的地へ着くはずないでしょ?
迷いましたよ、ここでも散々。
一応断っておかないと、文章ではサクサク着きましたって錯覚しますからね。
もはやデフォ(当たり前)ですから、ここら辺の心理状態は割愛します。

さてさて、着きましたよ、どうにかこうにか。
受付には年配のおばさんが一人でいました。
例によって挨拶文を渡しましたが、もう一つ心強い武器を持っていました。
それは海峰棋院でお世話になった楊さんの名刺です。

応昌期基金へ行きたい旨を伝えたら、名刺を見せれば大丈夫だからと言ってくれました。
受付の女性がおそらく応昌期基金の楊さん(同性)だろうと思い、名刺を挨拶文と
一緒に渡しました。

しかし、まあ見た感じ営業している様子ではありません。
今日は休みかな、と思いながらいろいろと聞いてみました。

ちなみに応昌期基金の楊さんは日本語がまったく喋れません。
それでもさすがに場数を踏んできた長谷インは自信を持ってやり取りをします。
こういうとき、無駄とも思える翻訳作業が役に立ってくるわけです。
しっかり喋ってキーワードだけ伝われば、ちゃんと意思疎通ができます。

カレンダーを指して週6日で営業していて、日曜日が休みという旨を聞き取ることが
できました。とはいっても、今日は木曜日のお昼どきなのに受付の女性しかいません。
ここら辺のやり取りはかみ合わなかったのですが、今考えると午後からの営業だったのかもしれません。日本でも碁会所の営業時間は午後から始まるところが多いですからね。

しかし疑問に思ったことをいろいろ積極的に聞けるようになったことは大きな成長です。
だって日本語がまったく通じないんですよ、どうやって話していたのかは
覚えていませんが。

海峰棋院の楊さんへ電話もしてくれましたが、出かけていたのか繋がりませんでした。
仕方がないので施設の見学だけでもしていこうと思い、「参観」したい旨を伝えて
いろいろ見て回りました。写真を撮りたいので「ピクチャーOK?」と言うと、
OKサインをしてくれました。最初からこれくらいのノリで行けば良かったんですね。
英語の発音が悪くても何をしたいのかをしっかり示せば、伝わるものですね。

「対局をさせずに囲碁を教えるという取組み」=碁盤と碁石を使わずに教える仕組み
について不可思議でしたが、そこの施設は少し変わっていたので“もしかしたら”
という手応えはありました。

まず、碁盤と碁石を完全に机の中にしまうことができます。
机といっても、ものすごく広い会場に縦に連なった机があって、その中に碁盤と碁石が
収納されています。

碁盤が出ているところはせり上がっていて、碁石も左右にガシャガシャやると
せり上がってきます。

文章じゃとても説明できるものではありません。
それとは別の一室には碁笥が半分机に埋まっています。

これも説明しづらいのですが、基本的に碁笥には蓋がないのでこういう独特なことが
できるんだろうなぁという感想です。
※中国ルールのため、アゲハマは相手の碁笥に戻す。海峰棋院には蓋がある。

未知の道具に心躍らせながら、碁盤と碁石を使わない指導法への想像も膨らみます。

“碁盤と碁石を完全に机の中に収納できるんだから、上でプリントでもやるのかな。”
“けど、中国棋院が採用した画期的な方法だって噂だしなぁ”

残念なことに受付の楊さん一人だけなので、詳しくお話を伺うことはできませんでした。
誰もいない(ように見えた)ので、写真を数枚パシャパシャ撮っていると、PCで事務作業をしているおじさんがいつの間にかこちらを見ていました。

どうも不意打ちを喰らうと「你好」とか「ソーリー」といった基本的な対応ができなくなります。奥のほうがやけに薄暗かったので、本当に営業しているのかなって最後まで疑問に思ってました。

※伏線として海峰棋院の楊さんから、向こうはだいぶ寂れてきていると聞いていたため。

ちなみに某プロ棋士のブログで、その「対局させずに」「碁盤と碁石を使わずに」教える囲碁入門の一端が載っていました。今度また台湾へ行く際には、ぜひヒントを掴みたいと思います。

さて、応昌期基金への取材はこれくらいです。
結局、施設の見学だけしかできませんでした。
このあと名人児童棋院の前に、もう一か所「中華棋院」へ向かいます。
ここは碁会所と子供教室を両立させているところです。

ここに至るまで、やはり道に迷って時間を無駄に使ったため、ここの取材はサクサクっと終わらせます。何といっても碁会所ですからね、席料を払えば問題ありません。
やはりアマ六段を名乗るとそれ相応の人が打ってくれます。

碁会所としてはそれほど大きくありませんが、層の厚さはさすが台湾です。
ゴリゴリの力碁のおじさんを負かしたのはよかったのですが、問題はこの後です。
見た目小学5、6年生くらいの子と対戦しました。
院生でも学習生でもないとはいえ、碁の内容は驚くほど大人びた落ち着いたものでした。

ここにきて、長谷インの体力がそろそろ限界を迎えます。
何と有ろう事か、勝負所で「ハガシ」をしてしまいました。
もう、この4日間散々歩き回って、WiFiの電波を探して、夜は翻訳作業に
明け暮れていたわけです。正直、意識がもうろうとしていました。

打って指が離れた瞬間、嫌な筋が見えて反射的に石を打ち変えてしまいました。
まだそこで投げればよかったのですが、「ハガシで負けました」というニュアンス
のことを伝えるのが難しかったのです。小さな声で「ソーリー」と言いましたが、
もはや声になっていませんでした。

ここから先は語るに及ばず、もう内容はボロボロです。
しかも最低なことに投げるタイミングを逸して、投げ碁を結構打ってしまいました。
小学生相手に反則をしたあげく、ソーリーも声が小さいし、碁の内容はボロボロだし、
もう散々です。

日本人としてその場で切腹するのが礼儀ですが、空港には刃物は持ちこめませんし、
切腹すれば現代ではただのクレイジー野郎です。
泣く泣く、恥をさらしながら最後は投了しました。

この時点で相当疲れているのは察してください。
特に「モナリザ」のような姿勢を指導している身としては、ハガシをする余地など
ありません。疲れているときほど姿勢を崩しやすいため、最上級に疲れていたと
言い訳するほかありません。

2局終えて、子供教室のほうを撮影させてもらいました。
碁会所の中にもう一つ部屋があって、そこで子供たちが学んでいます。
デパートの託児所のようなイメージです。

一応「日本語しゃべれる方はいますか?」と聞きましたが、自分の英語力のなさも
大概ですね。

「I’m JAPANESE.」
「japanese language?」(ジェスチャーしながら)

「わたしは日本人です。」
「日本語?」(喋るジェスチャー)、周りを指す。
おばちゃん「???」

まあ、そうでしょうね。
発音も伝わりづらいでしょうし、もう少し文章何とかならんものですかね。
ずっとこんな感じでした。

「私は日本人」
「うんうん、分かってる。」
「日本語・・・しゃべれる方はいますか?」(と言いたい)
「???」

また恥ずかしがりの癖が出てしまい、「speak 」なんて単語をあまり使いたくないんですよね。ちゃんと伝わるのか不安ですから。

やっと伝わりましたが、やはり日本語を話せる方はいませんでした。
取材となると、やはり日本語でのやり取りが不可欠です。

中華棋院で一つ思ったことは、おじさんたちの対局マナーが相変わらずよくないことです。碁会所単体ならそれでも構いませんが、あまり子供たちの教育には良くないんじゃないかなと思ったり。

帰り際にエレベーターに乗ろうとすると、何やら先ほどのおばちゃんがこちらにきて、壁の写真を指差していました。

おばちゃん「******」
長谷イン「???」
長谷イン(子供の写真だけど、さっきの子とは違うしな・・・。)
おばちゃん「******」
長谷イン「・・・・・・、あっ!」

そうです、その写真は日本の囲碁ファンなら誰もがよく知っている顔でした。

それは子供の頃の張羽先生です。
面影がバッチリ残っていましたね。

他の子どもの写真もあったのですぐには分かりませんでした。
もう帰ろうとしている自分に一生懸命伝えようとしてくれたのは本当に有り難いことです。台湾では何かと助けられているので、自分も見習わないといけませんね。

中華棋院をあとにする頃にはもう夕方になっていました。
4日目の間にどうしても「九份」に行きたかったので、もう残り時間はありません。
これから名人児童棋院にお礼文を渡しに行って、台湾棋院を覗いて行こうかなという具合です。

(名人児童棋院にて)
謝さん「おお、ナガタニさん。」
長谷イン「先日はお世話になりました。」
謝さん「どうぞ、中へ。」
長谷イン「いえいえ、今日は手紙だけ渡しにきました。」

三か国語の手紙を渡す。

さすがにびっくりしていましたね、繁体字と日本語と英語でお礼の旨と連絡先が書いてあります。大学生の女の子がいなかったので、ラインのIDをその子に渡してもらうようお願いしました。他意はありません、あくまでも日台友好です。

その足で向かいの3軒隣にある台湾棋院へ行きました。
エレベーターを昇ったら入り口に何やら数人いて、ただならぬ空気で座っていました。
(これはまずいな・・・。)と思いながらも、ダメ元で挨拶文を手渡すとやはり断られましたね。おそらくもう閉める時間だったのか、中で大事な手合いでも打っている雰囲気でした。

本来ならここが一番の目的地だったはずですが、今回ばかりは致し方ありません。
また次回への課題にして、リベンジしたいと思います。

さあ、いよいよ囲碁取材もそのすべてを終えることができました。
今回は5か所回って、取材できたのは実質2か所だけです。

時間を有効に使うことができなかった反省も含めて、初めての海外旅行(一人旅)にしてはまずまずの成果と言えるでしょう。

ここから時系列は「台湾編その5」に戻ります。

はたして長谷インの運命は!?
そして次回はついに完結します。

(最終回「成長の証」へつづく。)

 

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