2023/10/10
―あれ、これ、何でだろう。
通り過ぎる寸前、お店の前の看板が目に入って足をとめた。
NEW OPEN 12:34~18:00
吉祥寺で散歩の途中だった。いつも休日の散歩は高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、
西荻窪のどこかの駅周辺で、吉祥寺まで足を延ばしたのは2度目。
この通りは初だった。
開店時間が12:00でも12:30でもなく12:34にしているのは、
数字の並びで店主の洒落だろう、とすぐ気がついたが、
時計を見ると12:28でまだ開店前で透明の扉はしまっていた。
面白いね、と立ち去ろうとすると、店主が中から笑顔で扉を開けどうぞと。
―この時間はわざとですか?
―そうです、はい。3週間前にオープンしたばかりなんです。
「旅する本屋 街々書林」とある。
旅に関する本だけを集めた専門店だ。
店名もコンセプトも開店時間もこだわっているだけあって、
僕らはあっという間に店内に魅了された。
一冊ずつ丁寧に選ばれた本ばかりでなく、珍しい水彩毛筆や
「書くを愉しむ」という名前のノートなど、遊び心満載だ。
つれにもド真ん中だったようで、さっそく「参道めし」という本を
手に取り、もう買う気だ。
「旅のことばを読む」小柳 淳
帯にはこうあった。
ことばに出会ったとき、旅はもう始まっている。
カレル・チャペックからフーテンの寅さんまで
寅さんとあれば、手にとらないわけにはいかない。
手触り、色、装丁がとてもいい。
レジにもっていくと店主がにっこり。
―それ、私が書いたんです。
なに!ここは作家さん自らの手作り本屋さんなのか…。
すぐに話好きの店主と、まぁまぁ話好きの僕の高速かけあいが
始まった。店内はまだ誰もいなかった。
結局「旅の断片」「街と山のあいだ」若葉晃子の2冊も加え、
さらに先ほどのノートも。
つれは絵を描くのが趣味の義母に色鉛筆がわりにあげよう、
ということで先ほどの毛筆セットと本を。
会計はつれが5千円、僕が7千円也。
大人買い、というやつだ。
新刊書店に行く機会がめっきり減った昨今、
本が3冊で5千円を超えたのは久しぶりだ。
まだ読み始めてはいないが、いつも以上の偶然の出会いに、
この本には何か大きなものが隠れている、そんな気がする。
吉祥寺 街々書林
https://machi2.hp.peraichi.com/tabi/
2023/10/10
今回の旅では、「最高の親孝行」のカタチがひとつ見えたことが収穫だった。
物をプレゼントするよりも近年はなるべく一緒の時間を過ごすようにしている。
今回のツアーを選んだのは、お袋が足立美術館に行ってみたい、と長年言っていた
からだったが、何より3日間、ともにかけがえのない時間が過ごせたのはよかった。
思いのほか喜んでもらえたのは、
「昔話を訊く」
これが親孝行になるとは意外だった。
聞くではなく聴くでもなく訊く。
こちらから質問する、だ。
例えば自分が子供の頃の話。
親父の仕事の話。お袋が親父と結婚する前の話。
記憶とは面白いもので、ひとつきっかけがあると、次々に思いだす。
まるで大事にしまっておいた箱から宝物を取り出すように。
そのきっかけが「昔話を訊く」なのだ。
今まで一緒にいった旅行はツアーではなく僕が運転する車だった。
車の中での会話は1対1ではないからか、深い話になりにくい。
しかしツアーでは往復の新幹線など、隣同士の時間がたっぷりあった。
シニアは自慢話にならないよう気をつける癖がついている人も多いが、
こちらが聞いた質問に答える分には自慢にはならない。
親父に仕事の話をどんどん訊いていくと、時に嬉しそうな顔になった。
たくさん訊いて、その答えを聴く。
しっかり耳を傾ける。
これからも続けていこう。
動画「幸せの貯金箱」でこの内容を短くまとめています。
よかったら一度ご覧ください。
『最高の親孝行』
https://www.youtube.com/watch?v=ONOHT7m6Dvs
2023/10/10
ここは寅さんが座って待っているような駅だな。
そうだね。
寅さんファンの親父がつぶやいたので、すぐ相槌をうった。
全50作。何度も見ているとわかる。確かにそんな雰囲気だ。
3日間の山陰ツアー最終日。スタートはお花見列車、ということで
若桜鉄道の終着駅にいた。桜前線が10日も早くきたのが幸いで
3月末というのに満開だ。しかも混雑していない。桜ではなく
妹の帰国にあわせてツアーを予約したのがよかった。
若桜鉄道。ご存じの方もいるだろう。旧国鉄から鳥取県が引き継いだ
第三セクター方式の鉄道だ。若狭駅は90年前の木造の駅舎が残り
待合室もお洒落だった。国の登録有形文化財だという。
親父のつぶやきでなんとなく調べて驚いた。この鉄道の無人駅のひとつ、
安部駅で寅さんが電話をかけていた。
男はつらいよ第44作「寅次郎の告白」(平成3年)
https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/location/346/
こんな偶然が、旅を強く、濃く、彩るんだよな。
今度は僕が心の中でつぶやいた。
2023/10/10
―もうここでいい。
親父に言われてびっくりした。
リフトを降りてすぐのところに小さなベンチがあった。
そこに座って妹と僕が観光してくるのを待つというのだ。
―どうせ牛のいない牧場みたいなもんだろ。
先日実家(東京八王子市)のそばにある牧場(磯沼ファーム)に
連れていったのが記憶に新しい。が、それはいくらなんでも山陰を
代表する名所、鳥取砂丘に失礼というものだ。
弱視で障害者2級の親父にしてみれば、雄大な砂丘がしっかりは
見えないかもしれない。だが、このベンチからでは、近所の公園の
砂場とちがわない。
―3分、100mだけ歩こう。ちょっとだから、ね、いっしょに。
妹とともに何とか両親を説得してベンチから立ち上がらせて
砂丘の入り口、高さ10mほどの小さな砂の山を登る。
白杖代わりのステッキが砂に埋もれてちょっと歩きづらそうだ。
ゆっくり一歩。また一歩。
―おおっ!
なんとか登りきると一気に視界が開けて思わず声が出た。
東西どこまでも砂丘がつらなり、向こうには日本海が輝いている。
家族4人、ここにきたのは皆はじめてだった。
記念に僕は思いっきり手を伸ばして4人の自撮りに挑戦した。
腕をプルプルさせながら撮ろうとすると、意味なくお袋が
僕のスマホにむけて手を振る。笑わせないでほしい。
目の前には大砂丘、「馬の背」がそびえる。
高さ47m、斜度32度、15階のビルぐらいある砂の山だ。
せっかくなので妹と一緒に走って登ることにした。
2歳年上のハンデからか、こちらが先に息をきらし途中で
止まった。妹が頂上からこちらにスマホをむける。
ちょっと大げさに「達成感」を表してみた。よく考えると
まだ達成はしていない。
―あの子はむかしっからなんでも大げさなのよ。
ベンチで待つお袋の声が聞こえた気がした。
2023/10/10
偶然の産物、というと、普通いい意味でつかわれるが、
この場合はどうだろうか。
50歳をすぎてもなお、あらゆる場面で抑制できず
つい自分を押し出してしまうのは、子供の頃から変わらない。
だがこれはすこしやりすぎたかもしれない。
20年連続日本一に輝く足立美術館の庭より
自分にピントをあわせてしまった。
今回、山陰に来たのは、長年おふくろが一度この庭を見たいと
言っていたからだ。庭を背景にしたおふくろ1人の写真や
妹や親父との3ショットなども撮ったが、それらは綺麗にバックも
被写体も写っていた。
4人そろって誰かに撮ってもらうチャンスを逸し、
帰り際に慌てて自撮りしたところ、この1枚となった。
スマホも撮った人も背景も同じ。
違うのは被写体だけ。
たしかに偶然の産物だ。
こうしてネタとして発信できるのだから。