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根本席亭ブログ 500人の笑顔を支える、ネット碁席亭日記 囲碁の上達方法やイベント情報など、日々の出来事を発信していきます。


物心がついた頃から観ていた。



日曜の夕方になると、親父はテレビの前のソファーにやってきて

チャンネルをあわせた。僕も自然とあのテーマソングに

引き寄せられるようになった。



最近は一緒に見る機会がめっきり減ってしまったが、

今日の特番も見ていたことだろう。




悲しい時も笑っておくる。



厳しい仕事だ。

素敵な仕事だ。



今日はとくに笑いのすばらしさ、あたたかさが、

全国に届けられた。



GW明けから始まった右手首の腱鞘炎がなかなか治らない。



先日4軒目の医院の門をたたいた。



元来腰痛持ちなので、整体にはよく通うほうだ。

しっかり施術してもらい、コリがほぐれて気持ちがいいのがいい先生だ。



だがそこは違った。



「はい、では右手全体を、自分のものではないぐらいに力を抜いてください」



完全に力を抜くというのは意外と難しい。

先生がそっと僕の右腕をもちあげるときに、つい期待にこたえて

自分で右腕をあげてしまう。



途中で10秒ほど停止する。揉んだりせず、痛むところを

手で軽くさすってそのまま静かに元に戻す。



施術は基本、それを繰り返すだけだ。



次こそはステップアップするのだろうという期待を

見事に裏切ったまま時間がすぎていく。



「先ほど痛かった動き、手首をまわしてどうですか。親指を曲げてどうですか」



そんなことで治るわけないだろう、と思ったが、あら不思議。



先ほどまで痛かった手首をまわす動きをしてもあまり痛くない。

親指を曲げて痛かったところは痛みが3割ほどやわらいだ。



「しっかり揉んでコリをほぐす、というのは気持ちがいいとか

痛みがやわらぐ効果はあるでしょうが、ほんとうにコリがほぐれているかというと

そうでもないのです」



不思議そうな顔をしている僕にむかって、筋肉や骨が痛むというのは

どういうことか、タオルをつかって説明してくれた。



「はい。今日はここまでにしましょう。

もうこれ以上今日よくなることはありません」



時計を見ると施術を始めてまだ30分たっていない。

1回5千円ということなので、1時間ほどかなと勝手に思っていたが、

一度に過度な治療するのもマイナスなのか。



簡単そうな施術なので、帰宅後つれに頼んで、

同じようにやってもらう。



これまたあら不思議。

痛みは少しも変わらなかった。



*西新宿 肩こり腰痛整体院

http://www.nishishinjuku-seitai.com/syoujou/kensyouen.shtml



2日前、本因坊文裕(井山七冠)が山下九段の挑戦を退け

本因坊七連覇を達成した。




京都の寂光寺には7年前、山下本因坊と井山挑戦者が

対局した部屋『本因坊の間』
がある。

盤面も当時のままに再現されている。




ここの2代目住職は、あの信長・秀吉・家康3人の

囲碁の師匠であった日海(にちかい)、
初代本因坊算砂だ。



「名人」という言葉は、信長が算砂に対して

「そちはまことの名人なり」と言ったのが起こりだと言われている。



現在、33代目住職の大川さんが、この囲碁の聖地を

守っておられる。
この5月に訪れた際は、34代目の副住職が

小1時間丁寧にお寺の歴史を説明してくださった。



囲碁を仕事にする者にとって至福のひとときだった。




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よっひさしぶり!



思わず小さくつぶやいた。

修理に出していた腕時計が戻ってきた。



3週間ぶりではない。

20年ぶりだ。



社会人になってすぐに買ったものが4年目に動かなくなった。

時計をあわせようと説明書を読まずに

適当に
ネジを動かしたのがまずかった。



携帯電話を持ちはじめた頃だったので、

「時間はこれでわかる」

という言い訳で、壊したことにフタをした。



それ以来僕は時計をしなくなった。



左手首に久しぶりの感触だ。

じっと秒針の動きを見ているとよみがえってくる。



濃い青色の文字盤がひとめで気に入り、

何度も売り場をいったりきたりした。



店員の目を気にして、あまり興味のない時計も

わざとのぞきこんだりした。


新人には大きな買い物だった。



僕は何を思って毎日を過ごしていたのだろう。



すっかり止まっていたあの頃の時間も動き出した。




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当店にマニュアルはありません。



時折目にするこの言葉にめっぽう弱い。



なぜだかはわかる。

自分にマニュアルがないからだ。

教えるときも、人前で話すときも、旅をするときも。



つれには「自由人」とよくいわれる。

おそらく「勝手」や「いきあたりばったり」という意味も

こめられていようが、そこは、それこそ「勝手」に、

ポジティブに受けとっている。



マニュアルがないとは、すべてをカスタマイズする覚悟だ。

の日、その気分、その相手…すべてに。

せっかく生きているのだから、そうでなきゃ面白くない。



ここ2ヶ月、人生ではじめて腱鞘炎になやまされていて

近所の「身体均整院」という、聞きなれないところの門を叩いた。



右手首を治すのに、首や頭、腰や左手首の施術が念入りに始まった。

僕の身体を全部知らなければ治せない、
と言ってるようだった。

話をしながら次の施術場所と内容がきまっていった。



再訪しようと帰宅後HPを見て気がついた。



あの「魔法のことば」があった。



*米木身体均整院 http://yoneki-kinsei.com/#clients


 

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