2018/01/18
ーあっ絵がかわりましたね。
―おっ気づいたか。最近こういうのに興味がない人も多いんだよ。
Kさんは嬉しそうだった。
溜池山王にある小さなフレンチのお店にKさんの絵が飾ってある。
サインを見ずとも作風でわかるようになったので、すぐ気がついた。
Kさんは同じ会社の囲碁部OBで現在79歳。知り合って20年がすぎた。
父より年上ながら頼りがいのある兄貴のような存在だ。
年に3,4回、ランチに誘って頂いている。
―重いから3冊までだな。
30年以上前の棋書『現代囲碁大系』全48巻を
これから「手渡し」でゆずりうける予定だ。
新品で全巻もっている愛棋家はなかなかいない。
―処分しないでずっと持っていてもらえそうな人はほかにいないんだよ。
―ずっと大事にします。残り44冊ですね。
重いので無理せず少しずつでお願いします。
いつか僕の本棚に全巻揃う姿を見るのも楽しみだが、
それより僕はこのランチの時間が大好きだ。
あと20回は元気なKさんと会話を楽しみたい。
「少しずつ」に隠された心の声は気づかれなかったようだ。
2018/01/16
「円錐は横から見たら△だが上から見たら〇」
は、視点をどこに置くか、つまり視座によって結果がちがう
例としてよくつかわれる。
世界史では「大航海時代」という前向きな表現で僕らは習ったが、
侵略された側から見たらあれは「大海賊時代」だった。
曹操と西太后。悪役のイメージが強い2人を扱った
NHK-BS番組2つを見た。
番組タイトルから「視座をかえればいい人だった」というものを
予想したが、見事に裏切られた。
まず、なぜ悪役のイメージがついたのか、を徹底的に分析して
事実と違う点を明らかにしていく。
新発見の資料(2009年に発見された曹操の墓や遺骨など)
も真実を裏付ける証拠として登場する。
視座ではなく「イメージを崩して」実像に迫ったのだ。
歴史の真実は視座転換で見えてくる。
僕の頭にこびりついたこんな「イメージ」もいっしょに
この2つの番組は崩してくれた。
*曹操と孔明
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92351/2351715/index.html
*悪女たちの真実 西太后
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3872/2676042/index.html
2018/01/15
―ん?結構軽いね。札束ではないようだな。
父はデパートの包装紙に包まれた少し大きめの箱を手にして
顔をほころばせた。
こういう軽口は喜んでいる証拠だ。
半世紀近く息子をやっているとわかる。
父の誕生日は正月気分が少し落ち着く1月3日。
今年は喜寿の御祝いに帽子をプレゼントした。
その日以降、散歩のときはいつもかぶっていると母から聞いた。
先日の伯母の葬儀のときも「どうだい、似合うだろ」と
嬉しそうだった。
実はこの帽子、買うときにちょっとした“事件”があった。
売り場にたくさん並んでいる帽子から1つを選んで会計を頼んだ。
店員は店の奥に新品をとりにいった。その時だった。
―あれっこの帽子だけ安くなっているわ。
ショーケースの上に10個ほど並んでいる帽子の中で
1つだけ値札が安く貼りなおされているのをつれが見つけた。
―色も違うし別のだからじゃない?
この意見はすぐに却下された。間違いなく同じもので色違いだという。
もとより細部への目配りで僕の出る幕はない。
―この帽子だけ“わけあり”なんじゃない?
もっともそうなこの意見もスルーされた。
戻ってきた店員をつかまえてすぐ質問している。
―もうしわけございません。
正しくは先ほどお渡し頂いたお品物に貼られた値段なのですが、
お客様はいまこちらの値段を見てしまわれたわけですので…。
実は数日後に始まる初売りセールの準備品が、なぜか1つだけ紛れていたのだ。
動揺の色が隠せない店員は、いったん上司の判断をあおぎにもどった。
結局父の帽子もセール前ながらセールと同じ値段にかわった。
会計をお願いしている途中で5千円安くなるという事件は、
庶民のテンションをあげるには十分だった。
―これでさっきのランチが浮いたね~
贈った側にとっても心に残る贈り物になった。
2018/01/14
子供の頃はいつも、早く終わらないかなぁと
それは「耐える時間」だった。
大人になって、耐える時間から「過ごす時間」にかわった。
儀式として理屈ぬきで必要なものは歳とともに増える。
最近は過ごす時間から「想う時間」にかわってきた。
通夜と告別式2日間で合計1時間はたっぷりお経を聞く。
その言葉の意味は耳をすまして聞いてもわからない。
だが1時間は、集中してその人を想う時間としてちょうどいい。
同じように想う人といっしょに過ごすがゆえに、
これから想い続ける始まりとして大切な1時間となる。
2018/01/11
今日は全碁協(全日本囲碁協会)の打合せで8名が集まった。
2月12日(月祝)に菊池康郎理事長の米寿を祝う「まつり」を
開催するのだ。
打合せがおわり、お酒もいれながら第2ラウンドが始まった。
中心メンバーのUさんが笑顔で
「〇〇さん(女性メンバー)がね、私にすぐ怒る、って文句言うんだよ。
でもね。僕は自分が儲かるとか、得するとか、そういう話で
怒ってるわけじゃないんだよなぁ」
理事長がつづける。
「そうだよ。怒ってくれるというのは大事な存在なんだよ」
目の前にいる〇〇さんも笑顔でかえす。
「だっていつも怒られてばかりなんですー」
ここで思いだした。
―いつも自分の損得で怒る人
―いつも自分のこと以外で怒る人(自分の損得では怒らない人)
世の中には二種類の怒る人がいる。
Uさんはもちろん後者だ。
そして僕が友情を感じるシニアもいつも後者だった。