〜前回のあらすじ〜
千と千尋の聖地とされる九份(キュウフン)に辛くも到着した長谷イン。
最終のタイムリミットまで猶予のない観光を余儀なくされることに。
しかしここは観光地ではなく、黄泉への入り口に他ならないのであった。
皆さんこんにちは。今年28歳、独身平民の長谷インです。
教室の生徒さんからお酒の席のたびに「いつ結婚するの?」って聞かれるものの、
まったくご縁がない今日この頃です。
ご縁と碁縁はいつでも歓迎ですので、心当たりある方はぜひご一報ください。
さて、今回は「グローバル囲碁旅行記 〜台湾前編〜」の最終回です。
数々の苦難、困難を乗り越えてきた長谷インの命運も残りわずかの展開になります。
後編の執筆活動は石音フォームまでお問い合わせください。
台湾編その5「魔境九份、地獄へのいざない」(つづき)
九份に着いた長谷インは安堵と不安の両方の感情を抱いていた。
「良かったぁ、セブンとファミマあるじゃん。」
「これで最悪死ぬことはない。」
そう、台湾に来てから幾度となくお世話になっているイートインコーナー付きのコンビニである。
これで命の保証はできた、そう思っていた。
ただ事態は想定を超え、はるかに切迫していたのである。
時刻は午後20時半。
辺りはすでに真っ暗で観光客が帰路に着こうとバス停に並んでいる。
先ほどの女の子たちは例によって写真イェーイ(∩´∀`)∩状態であるため、
サクサク歩いてとっくに追い越している。
ここからは時間との戦いである。
ミッションは提灯の写メを撮って、ご飯を食べて帰ること。
あの一応断っておきますけど、お店に入るかどうかで躊躇なんてしませんよ?
まさかここまで来てご飯食べずに帰りましたとか、そんなチンケな展開にはなりません。
さっさと食べて帰らないと今度こそヤバいわけですから。
とは言うものの。一つ気になることがあります。
それは九份の灯りがないことです。街の灯りは遠く眼下に広がり、
バス停やコンビニの明かりは付近を照らしています。
しかし、肝心の提灯の明かりが見当たりません。
今からどこへ向かえば良いの?って状況ですよ。
観光客の後をついて行くとか、ガイドブックを頼りに動くとか
やりようはいくらでもありますか?
そうはいっても簡易ガイドは宿に置いてきたし、台北フリーWi−Fiは圏外で繋がりません。
っていうか誰もいませんよ、ホント。
こういうとき方向音痴の考えは至って単純です。
「山道を登って行けば着くか。」
山道をずっと登ってきたバスを途中で降りたわけですから、そのまま登れば良いわけです。
ちなみに旅行記書くのに改めて九份の地図を見て、戦慄が走りました。
凄まじいほど的外れな方向感覚ですよ。
これ今考えても相当ギリギリのところだったと震えています。
さて、上へ向かって進もうとしたところで、駐車場とトイレを見つけました。
「何だ、人気があるじゃないか。」と安心した矢先、ふと顔を上げると
目を疑う光景がありました。
"何なんだ、これは・・・。"
そこには断崖にそびえ立つ複数の住宅がありました。
え、え?!
いや、いや、いや。
角度急すぎるでしょ!?
・・・・・・。
・・・・・・。
っていうか、小さくない?
よくよく近づいてみると一軒家の10分の1ほどの小さい社でした。
びっくりしたぁ。
何これ、どういうセンスしてるんですか。
頭上に社が乱立しているわけですよ。
海沿いの急斜面に建てられた家々のような感じです。
薩摩半島の最南端にあるおばあちゃんちを思い出すような光景でした。
何とも説明し難いので、とりあえず写メに撮っておくことに。
「・・・・・・。」
全然写らへんやないかい。
辺りが真っ暗ですぐ近くの景色も写すことができませんでした。
古びたトイレで用を済まして、いざ山道を上へ向かいます。
てくてくてく、てくてくてく。
「・・・・・・。」
てくてくてく、てくてくてく。
「・・・・・・。」
てくてく・・てく、てくてく・・てく。
「はあ、はあ、はぁ・・・。」
もう疲れましたよ、いい加減。
100メートルほど進んだところで、なけなしの体力が切れました。
九份に着く前にも死ぬほど歩いているのに、さらに山道を登るのは険しすぎます。
山道とはいっても、アスファルトの道路ですが。
「もう少し、もう少し。」
自分にそう言い聞かせながら、頑張って前へ進みます。
てくてくてく、てくてくてく。
(おかしい、一向にそれらしきものが見当たらない・・・。)
ちょうど先の見えるところまで登ってきましたが、それでも電灯や建物の明かりが
わずかに見える程度でとても観光地のそれとは思えません。
(もう少し、もう少しだけ歩いてみよう。)
体力はとうの昔に限界です。もはや死者の歩みになっています。
ゾンビのように重い体を一歩一歩前に進めながら、もう100メートルほど進みました。
(ヤバい、これはキリがない。)
いくら明かりを目指して進んでも、あるのはただの電灯です。
もしくはポツンとした民宿で目指す場所は一向に見当たりません。
魅入られるようにわずかな光に吸い寄せられるのは、息絶え絶えのまさに虫の息だからか。
もう限界です、体力的にも精神的にも。
いつの間にか社の群れを眼下に見下ろすところまで登ってきていました。
このまま当てもなく進んでいけば、本当に帰れなくなるかもしれません。
ここですべき最良の選択は、今来た道を引き返してバスに乗って帰ることです。
しかし何もせずに帰るわけにはいかない・・・。
体力的にも今来た道を引き返すのは、死ぬほど辛くて苦しい選択です。
でも・・・だけど・・・。
いや・・・しかし・・・。
ええい、やあ!
ついに英断を下しました。
山道をショートカットして帰ることにしたのです。
ここまできて何もせずに帰ることを選択できたのは称賛に値します。
急斜面の社の群れを上から見ると、石段があることに気が付きました。
もちろんこの石段が下まで繋がっているとは限りません。
もし行き止まりなら大幅な時間のロスになります。
それでもここで急いで戻らないとタイムリミットが危ういのも事実です。
社を近くでパシャパシャ撮りつつ、階段を下りて行きます。
途中でデカい神社を発見しました。
お前が親玉か、と思いながらパシャリ。
何でも良いから思い出に撮りまくることが、今できる精一杯です。
急斜面の石段はずっと下まで繋がっているようです。
「よしよし、このまま下りて行けばバス停にたどり着ける。」
そう思っていた矢先、何やら雰囲気の違う場所へ出てきました。
ん?んん!?
何ですかここは、住宅地ですか?
住宅地という表現が適切かどうかは分かりませんが、民宿や一軒家がいっぱい
出てきました。途中、駄菓子屋みたいのとかいろいろ通り過ぎて下りていくと、
狭い路地に差し掛かりました。
(これはさっきまでの空間と全然違う。)
道路沿いに登ってきたときはまったく人の気配がなかったのに、
急に町の中に紛れ込んでしまったようです。
"これは・・・神隠しなのか。"
もはや長谷インの常識が通用する範疇をはるかに超えています。
トンネルを抜けると異世界へ紛れ込んでしまった、
まさに千と千尋の神隠しそのものです。
おそらくショートカットしようと石段を下って行ったところで、
異世界へ踏み込んだのかもしれません。
このままでは千尋と同じく名前の一字を奪われてしまいます。
荻野千尋→千
長谷俊→???
あれ、「俊」の一字を取ったらナナシですね。
情けで人偏だけ奪われたとしても「ムニハニタ」になっちゃいますよ。
人偏にムにハに、タ(のような字)で俊っていう字ですから。
そもそも長谷インから人偏を取ったらもう人ではなくなります。
"カオナシ、ナナシ、ヒトデナシ"ってどんなインだよ。
魔界の虜になって帰れなくなるかもしれない、そんな不安に押し潰されそうになりながらも
ひたすら道なりに下りて行きました。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
そうそう、ここは野良犬がいっぱいいますね。
野良猫よりも犬のほうが多いんじゃない?ってくらいよく見かけます。
さっきの山道でも野良犬三匹に囲まれてピンチでした。
高校生のころ、帰り道をずっと犬に追いかけられたことがあります。
さっきは知らんぷりしてやり過ごして、何とか事なきを得ていました。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
それにしても、ですよ。
やっぱり暑いというか、亜熱帯というか。
大きいですね、非常に。
そこら辺にいますよ、Gさんが。
民宿があるからですか、異常に多いんですけど。
しかも血気盛んというか、活きがいいというか。
いやはや、赤茶のでかい奴は日本ではあまり見かけないですからね。
まあ、自分には関係ありませんよ。
カサカサ・・・カサカサ・・・。
G「ぎぃいいいいい!!!!!!」
俊「ぎゃあああああ!!!!!!」
ズダダダダダンッッ。
はぁはぁ、ふぅ、危うくひっくり返るところでした。
傾斜のある石段を下りている途中でやつらの一人が奇声をあげてきましたからね。
泣きそうですよ、ホントにもう。
はっきり言ってまた迷子になってるし、Gの脅威には晒されるし。
いざとなったら、ここに泊まることを覚悟しました。
まだ言葉の壁を感じている上に、夜も遅いしちゃんと泊まれるのか。
この期に及んで一泊いくらかかるのか、ぼったくられないか不安なわけです。
帰りのバスは正直諦め半分でした。
最悪の事態を想定して動かないともうどうにもなりません。
しばらく下りるとまた違う雰囲気の場所に出てきました。
これは・・・提灯?・・・まさか!?
そう、そのまさかです。
期せずしてやっと目的の観光地に到着しました。
途中で地図が載っている案内板を見つけたので、
今までのルートを確認してみます。
身震いしましたね、正直。
さっきの「ええい、やあ!」のところが地図のてっぺんにあります。
つまりあそこで決断をせず、そのまま登り続けていたら遭難していました。
もう本当にギリギリの戦いです。
とにかく地図を見る限り、このまま下りて道路沿いにあるバス停に行けば帰れます。
本来なら九份でお土産を買おうと思っていましたが、
ほとんどのお店のシャッターは閉まっていました。
もちろん観光客の姿もほとんどありません。
脚立付きのカメラで夜の九份を撮影している人たちしか残っていませんでした。
彼らは帰りどうするんだろう?たぶん宿に泊るつもりでしょうね。
こんな時間にふらふらセーブポイント(宿)もなく歩いているのは自分くらいのものですよ。
シャッターの閉まった商店街(?)を抜けると大きい三階建てのようなお店の通りに出ました。
「ここで飯でも食べていくか。」
もう時間は21時を回っています。管理人さんから21時半がリミットと言われましたが、
はっきりした最終バスの時間は分かっていません。
こういうときに、自分の都合の良いほうに考えてしまうんですね。
"まあ、何とかなるだろう。"
断っておきますが、長谷インの脳ミソは暑さに茹っていて正常ではありません。
もう暑いんですよ、
とにかく。疲れてるし、暑いし、不安だし、まともな判断は期待できません。
ただ入るお店を探している暇がないのは重々承知していました。
"クーラー利いてます。"
長谷イン「ここだ!」
開いているお店自体が少ないので、選択肢はそんなに多くありません。
営業しているか確認しようとした矢先に、魅力的な文句を見つけました。
その一言に惹かれて、ふらふら近づいていくと中のおばちゃんに声をかけられました。
おばちゃん「ほらほら、入って入って!」
確か片言の日本語だったと思います。
もう台湾語だろうが日本語だろうが相手のリアクションで
言いたいことはほぼ汲み取れるようになりました。
おばちゃん「はいはい、選んで選んで。」
すごい勢いで煽ってくるので、いつものようにグダグダしている余裕はありません。
扇風機のある外のテラスに案内されたときは「騙された!」と思いましたが、
一方的に捲し立ててくる感じは嫌いではありませんでした。
そうでもしないとまたあーでもない、こーでもないが始まってしまいますからね。
メニューをゆっくり選べなかったので、台湾に来たらぜひ食べたかった小籠包と
麻婆豆腐とウーロン茶を頼みました。
こっちが値段を気にして躊躇していても、どんどん話を進めてきて
三つ選んだらやっと満足そうに奥へ引っ込んでいきました。
ギリギリの戦いの中でも、値段の計算を怠らない長谷イン。
ちなみに4日目前半までに食べた合計はおよそ2000円程度でしたが、
ここで食べた金額も2000円くらいです。
今にして思うと何であんなに値段を気にしていたんでしょうか。
ウーロン茶が一杯で600円だったからでしょうか。
あれは卑怯ですよ。
お冷もなく、死ぬほど暑い中ウーロン茶飲めば、そりゃうまいに決まってますからね。
台湾にきてようやく普通の食事ができました。
しかし疲れて頭がボーとしていたため、美味しいかどうかははっきり覚えていません。
3日目に食べた豚丼を10とすると、機内食7、小籠包&麻婆豆腐が5
といったところでしょうか。小籠包は美味しかった気もしますが、
帰りの時間が不安で舌鼓を打つ余裕はありませんでした。
湯婆婆並みの押しの強さに助けられた長谷インは、無事に観光地での食事を済ませて
今度こそ帰路に着くためバス停へ向かいます。
とにかく下へ下へと降って行き、やっと道路に出ました。
到着時の場所よりだいぶ下のほうに出てしまい、バス停までまた道沿いに
登って行かなくてはいけません。
忠孝復興駅行き、1062番のバス乗り場へ急ぎます。
ここへ着いた時点で悠遊カードが残高0であることを思い出し、
一旦近くのコンビニへチャージしに向かいます。
セブンでもファミマでもない地元のコンビニでしたが、レジの悠遊マークを見て安心しました。
中は閑散としていてお客さんは一人しかおらず、店員さんもウォークインに籠って
飲料の補充をしていました。
長谷イン「Excuse me.」
店員さん「・・・・・・。」
長谷イン「Excuse me!」
店員さん「・・・・・・。」
長谷イン「Excuse me!!」
店員さん「・・・・・・。」
長谷イン「Excuse me!!!」
店員さん「・・・・・・。」
長谷イン「Excuse me!!!!!!」
店員さん「・・・・・・。」
長谷イン「エクスキューズミィ゛ー!!!!!!」
バタン。
店員さん「・・・・・・。」
もうはっ倒そうかと思いましたよ。
いつもなら深夜の店員さんに取り乱すことは絶対にありません。
なぜなら深夜のコンビニで働いていたので、相手の状況がよく分かっているからです。
しかしタイムリミットは刻一刻と迫っています。
自分のエクスキューズミーの発音が悪くても、ウォークインの中にいて聞こえづらくても、
形振り構っていられません。こちとら命が懸っているわけです。
さきほど「最悪の事態を想定して」と言いましたが、そうはいってもです。
Gがわんさか出るような民宿に泊まれますか?って話ですよ。
ファミマのイートインはテラスだし、野良犬もいるため一晩過ごすにはちょっと不安があります。
寝ずにやり過ごそうかとも思いましたが、体力的にも限界で土台無理な話です。
朝になって宿に戻ったとしても、うっかり寝て帰りの便に間に合わなかったら
それこそアウトです。長谷インの「自由に打とう!13路に定石なし!in台湾」
が現実になってしまうかもしれません。
正確な帰りのバスの時間は分かりませんが、直感でもう相当ヤバいことは察しています。
ザッザッザッ。
はっはっはっ。
ザッザッザッ。
はっはっはっ。
重い体に鞭を打って山道をバス停目指して走ります。
ザッザッザッ。
はっはっはっ。
ザッザッザッ。
はっはっはっ。
ようやく始めのバス停に到着しました。
ここか、ここより少し先のバス停に行けば帰りの便があるはずです。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
え?
ゴシゴシ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
いや、いや。
ゴシゴシ。
「・・・・・・。」
"平日 最終 21時30分"
"携帯 時刻 21時44分"
「はは、はぁ・・・。」
忠告通り、最終の時間は21時30分でした。
もうすべて終わった・・・。
そう思う気力すら残っていません。
ただ頭がボーっとしていて、静かに現実を受け止めていました。
そういえば、いつ思ったんだろう。
石段を下りて行く途中、Gに奇声を発せられたときかな。
そのとき確かにこう思いました。
"こんなところで死んでたまるか。"
町の造りが田舎のおばあちゃんちそっくりだったんですね。
"自分はこんな田舎で死ぬために東京に出てきたんじゃない。"
"囲碁を教えながら死ねるなら本望だ。"
"帰って皆さんの上達を見届けるまで死ぬわけにはいかない。"
そんな決意、思いとは裏腹に現実は非情なものでした。
最終バスを乗り過ごす。
言葉も通じないこんな田舎で。
体力も気力も何一つ残っていない。
もう何も考えられない。
綱渡りで紡いでいた糸は事切れました。
ついに長谷インの命運はここで尽き果てます。
そして未来への希望も。
グローバル囲碁旅行記 〜台湾前編〜 "完"
長谷インの来世にご期待ください。